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武満徹ソングブック ショーロクラブ [徒然]

ぼくは今まで武満徹という人をあまり意識したことがなかった。
何やら前衛的な音楽をつくる人で映画音楽もつくっている程度にしか・・。
ショーロクラブが演奏し、いろいろな歌い手が歌うアルバムということでこの作品を聞いたというのが本音。
しかし初めて聞いてみて聞いたことのあるメロディーがたくさん出てきて驚いた。
そしてそれぞれの作品のもつメロディーの美しさや儚さに惹かれていった。
手の中に包み取りたくても力を入れすぎると壊れてしまいそうだ。
それでいて強さもある。
個性豊かな歌い手はそれぞれの個性豊かに一曲一曲を歌いあげている。
アン・サリー、おおたか清流、沢知恵、松田美緒などもったいないような起用の仕方だ。
でも全体として一枚のアルバムとしての統一感が強く感じられるのはショーロクラブの「音」が頑固に自分達のスタンスを持っているからだと思う。
武満の繊細なメロディーに隠れたリズムや音の流れを3つの弦楽器がうまく捉え表現している。
これだけの歌い手に負けない個性があることが素晴らしいと思う。
それは歌手無しで演奏される二曲を聞くとわかる。
この二曲は歌つきのものも用意されているのだけれど、歌を聞けばなおさら演奏だけの曲が浮き出てくるという演出が施されているようだ。
どの曲も素晴らしいが特に印象深いのが「三月のうた」であった。
「おおはた清流」という歌い手は時々コマーシャルなどで声を聞いていたのだけれど・・。
哀愁溢れる弦楽器の演奏と重なり聞くものになんとも言えない感情をもたらす。
この儚さや美しさや繊細さは素晴らしいと思う。
また、大好きなアン・サリーが意外にも「死んだ男の残したものは」を歌っている。
今までのアン・サリーとは少し異なる雰囲気がする。
昔、この曲を聞いたのは高石友也や森山良子の歌でフォークソングが流行っていた頃であったが、ショーロクラブがこの歌に独特のリズムを乗せ(もしかするとこれがオリジナルか?)アン・サリーの歌が重なると場面設定が異なる歌のように感じられる。
ちょっとだけ贅沢を言わせてもらえば畠山美由紀も是非参加してほしかったなぁ・・。
でも、彼女はオリジナルアルバムの作成に忙しかったか・・。
混乱極める時代の中でやるせなく切ないことが多い。
必然、音楽も心の襞をやさしくさわってくれるようなものを求めているのかも知れない。
秋の憂鬱 [徒然]

2011年11月 野幌森林公園

11月の紅葉きれいな時にいつもの森林を散策してあれこれと考えを巡らす。
僕達は随分と以前から放射能の危険性を身近に知っていた。
放射能の危険性を題材とした物語や漫画や映画はたくさんあったのだ。
たとえばテレビで「宇宙戦艦ヤマト」を見たことがあるならばそれがどんな物語であるかを思い出してみると良い。
人類の能力では放射能を除去することはできず、数々の試練を超えてイスカンダルへ除去装置を求めて・・。
そういう物語ではなかったか。
物語ではそんな先の未来でも「放射能は除去できない」という前提となっている。
そして残念ながら、除染はできてもそれは飛び散ったものを集めるという行為に過ぎず放射能そのものを除去することはできない。
それがこの時代においても事実なのだ。
こんな1970年代のSFアニメの内容を思い出さずにいられないことが目の前で起こってしまった。
しかしながら僕達は放射能除去装置を取りに行くのに必要な「波動エンジン」の設計図もスターシャのメッセージも持っていない。もちろん宇宙戦艦ヤマトなどあろうはずもない。
まだ事態は進展中で残り1年では無いにしてもイスカンダルへの道筋は物語より遥かに遠く困難であるのだ。
これからどのくらい多くの試練を受け入れていかなくてはいけないのだろうか。
どれだけの犠牲を覚悟しなくてはならないのだろうか。
大袈裟なことをぼくは考えているのだろうか。
妄想のような考えだというのだろうか。
どんなに人に笑われようとも現代では「放射能は除去できない」という事実は消せないのではないか。
今だに1970年代のSF物語の予言を克服していないのだ。
そして今も放射能は例えば汚染水という形で海に撒かれている。
事態はより悪くなっていってるのではないかという感じさえする。
僕達のより大きな罪はこうした事態を僕達の世代で解決できないであろうという事だ。
子供達、さらには子供達の子供達へ大きな苦しみと悲しみを残してしまうだろうということだ。
そして、さらにはおそらく被災地の素朴でやさしい多くの人達の故郷を奪ってしまったということだ。
楽観的な人達へ
人の体は放射能など浴びないにこしたことはない。それは当たり前の事実だと思う。
そして今、広がっている放射能の汚染はけして自然の中にはなかったものだという。
だから、ほおっておくとやがて自然が吸収してゆくなどということはないのだろう。
そしてその影響は直ちにではなく、静かに何年、何十年かけて、さらには世代を越えて現れると思う。
さらには汚染されたのはこの国だけのことではない。
もしこのまま事態を悪化させると世界を危機にさらす危険性もあるのだ。
そんなことは改めて語る必要もないはずなのです。
だって、みんないろいろな物語ですでに知らされていたではないですか?
そのことが目の前で起こっているのではありませんか?
今年の北海道の紅葉は一段と美しかった。
そして秋はいつもに増して短く走り過ぎてゆく。
この秋のぼくの憂鬱は重い。
「 わが美しき故郷よ」 畠山美由紀 [徒然]
畠山美由紀は気仙沼出身です。
震災が起こった時、ツィッターでご両親の行方を必死に探してる姿をネット上でフォローしていました。
その時の彼女の様子は本当に痛ましく、心打つものでした。
もしかすると、もう歌えなくなるのではないかとどこかで思うほどでした。
結局、ご両親の安否は確認されて一応の安堵は得ながらも大きなショックを受けた様子でした。
その彼女が歌うことの意味を新たに見出した(多分そう思います)このアルバムは素晴らしい作品です。
皆が知っている歌を心をこめて歌うことが聞く人に新たな力を生み出すことがあるいうということを意図していると思います。
歌えば不思議と力が湧きます。
希望も生まれてきます。
本来、歌とはそういうものであったのかも知れない、そんなことを感じました。
バックの演奏は極力シンプルでいて歌をさり気なくフォローする感じも心地良いです。
そして何よりも彼女の歌唱力は静かに心の中に染み入るようです。
よく知られた歌の歌詞やメロディーを使って聞くものの失われた感情を奮い立たせるような歌い方です。
オリジナルの曲もテンポを抑えたものが多く、メルディラインと歌詞がよく届くように感じられます。
特に詩の朗読からタイトル曲に至る流れは感動してしまいます。
多分私たちに与えられた試練はこれからも重く続くものだと思います。
いや、むしろこれからのほうが思い試練となるかも知れません。
人々の心が枯れて悲しみだけで満たされてしまうと試練に立ち向かう勇気も湧きません。
また、怒りだけではよけい大きな怒りの渦を創りだしてしまいます。
ふるさとを思う歌、希望の光を思う歌に込められたものを心に抱いて時には口ずさむことを忘れてはいけないのだろうと思います。
このアルバムはぼくに安らぎと明日への力を与えてくれた特別なものになるかもしれません。
そして多くの人達にとってもそうなることを思っています。
わが美しき故郷よ ライブ映像
踊る「一人静か」 [徒然]
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