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時は過ぎ行く [徒然]



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大沼公園にて 2016年10月

2015年年末に母親を亡くした。
認知症を患い、腎臓の調子の悪かった母はそれでも一人暮らしを希望し、朝から夕方までデイサービスを利用
し、土日にぼくが面倒をみに行けない時はショートスティを利用していた。
朝御飯から晩御飯まで用意してもらい、入浴も済ませることができたのでそれなりになんとかやっていたが、
持ち前のお節介でデイサービスの隣の人の車椅子がうまく動かないのを気にしてその補助をようとし、転倒し
大腿骨を骨折、入院となってしまった。
弱っていた腎臓は手術も受けることができず足はそのまま固定となったがそれでも体力を回復できずそのまま
遠くへ旅立っていった。

母を亡くしてからは法事や家の後始末などいろいろなことに忙しく只々時は過ぎてしまったが少しずつぼくは
日常を取り戻している。
それでも、生まれ故郷の家を処分したことは今だに気持ち的に引きずるものがある。
家があり母親がいたから十勝に行くことができたが家も母もいないとなると、十勝が縁遠くなる。
ぼくももう直ぐ60歳なのでもともと行ったり来たりには限界があるとは言えなにやら寂しい。
母親とはいつかは別れの時が来ることは想像していたが十勝と縁遠くなることは想定していなかった。

失ったものは余りにも大きい。
でもそのことがこれからのぼくにどう影響するのかはわからない。

娘の様子をみに函館に行ってきた。
宿泊は大沼のペンションにしてみた。
朝、早めに起きて湖畔を散歩してみると今までになく美しい景色を見た。
いつまでも割り切れないぼくを母親が笑って見ているように感じた。








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ちょんまげ侍金四郎

私の母も晩年は、レビー小体型認知症と長年の薬漬けによる肝機能の悪化で亡くなりました。
生前「私は施設には行かないよ。」と頑固に言っていた、母親らしい病院での最後でした。
きっと今は、ボロボロだった肉体を脱ぎ捨てて、風に吹かれて飛び回っているんだろうな。などと思っております。
謹んでharuさんの母上様のご冥福をお祈り申し上げます。
by ちょんまげ侍金四郎 (2016-10-31 17:45) 

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